時節柄込み合いを見せる国際線ターミナル、到着出口。 そんな雑多な人込みの中でも一際異彩を放つ漆黒の美人のお出ましに、滝川は人好きのする笑みを浮かべながら手を振った。
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予想外の人物の登場に、ナルは遠慮なく顔を顰め、次いで面倒そうに周囲を窺った。 その態度に滝川はえてしてこの難解な人物は予想通りの行動をするタイプなのかもしれないと訝りながら声をかけた。
「生憎だけどリンはいねぇよ」
お迎え番代わってもらったの。と、滝川はにこやかにナルの側に歩み寄った。 ナルはちらりと滝川を一瞥し、その背後に隠れこちらを見ようともしない麻衣を見遣り、不愉快そうに顔を顰め大仰なため息をついた。 「それで麻衣を引き連れてやって来るとは、ぼーさんも暇だな」 「別に、大切な子のためならこれくらい安いもんよ」 滝川はそう言うと、同意を求めるように左手を引っ張ってナルに背を向ける麻衣を見下ろした。 「な、麻衣。お前は早く聞きたかったことがあるんだろう?」 砂糖水のように、甘い声で水を向けられ、麻衣は悪かった機嫌を少し治したように眉間に寄っていた皺を伸ばし、完全にナルを無視した状態で滝川を見上げた。 それと反比例するようにナルの眉間の皺はそれと分かるほど深くなり、一陣の冷たい風がその場を吹き抜けていく。 それに気がつかないわけはないのに、麻衣は構わず滝川に笑いかけ、そうしてからようやく思い出したようにナルの方に顔を向けた。 表情は冴えないが、見上げた顔はやはり感動的に美しい造形をしていた。けれど、麻衣はそれを無感動に見据え、一歩前に出て、ゆっくりと頭を下げた。
「4ヶ月間の帰国お疲れ様でした、所長。母国で随分リフレッシュされたでしょう?」
どこまでも果てしなく空々しい挨拶に、ナルはため息を付きながら歩み寄り、手荷物で引いて来たカートを迷いなく麻衣の前に置いた。 「休暇を取りに行ったわけでじゃない」 「それじゃぁ、仕事仕事でさしもの所長様もお疲れってことですか」 「その通りだろう」 「でも、おかしいですねぇ。日本に残した仕事の指示は出せたじゃないですか」 「仕事の一環だからな」 「それじゃぁ、日本に残した彼女には一本の電話も一通のメールも出せない程、暇がなかったわけじゃないってことですよね?」 「・・・・」 何が言いたい、と言外に尋ねるその表情に、麻衣ははぁっと大きくため息をついた。 「あんたは4ヶ月位彼女と連絡取れなくても、自分が忙しければヘイキなんでしょうけどね。それに付き合う彼女は全く平気じゃないんだよね。そっちの都合で急遽遠距離になったんだから、それなりに言い訳はして欲しいし、彼氏から連絡も欲しいし、声だって聞きたいし、どうしているか知りたい。なのに完全無視されて、一応彼女って立場の私は不安で寂しくて死にそうだったの」 「・・・・」 「それは私の勝手だって言えば勝手なんだろうけど、それをフォローするのは付き合ってるんだから当然だと私は思う」 「麻衣の論理ではな」 「そう、私の論理ではね。でもそう言うのが必要だって、私、ナルに伝えてあるよね?」 麻衣はそういうと大きく息を吸い込み、考え抜いてきたであろうセリフを淀みなく言い捨てた。
「そういう女は邪魔臭くてイヤだって言うんなら、もう別れようよ。私、付き合い切れない」
部下としては荷物持ちでも出迎えでもするけど、彼女としてこれだけは最初にはっきりさせたい。 私にはそういうのが必要だって分かってやったんでしょう? 麻衣はそう言うとナルの荷物を乱暴に掴み、ぎゅっとキャリーの取っ手を握り締めた。 ゆらり、と、ナルから不機嫌な冷気が立ち上り、そのまま麻衣ごと凍りつかせる勢いで周囲の気温を落としていった。 絶対零度の冷気が床を這う幻が見えるのではないか。滝川がそう訝るのも無理ないほど、その威力は絶大で、いつのまにやら周囲に人影はなくなり、そこは隔離された異世界の様相を呈していった。
「それは今すぐ空港に来てまで話す必要のあることなのか?」 「そうだね」 「せめて自宅に帰ってから話すくらいの了見はあったと思ったが?」 「4ヶ月もぬけぬけと不義理し続けた彼氏に払う敬意は必要ないんじゃない?」
交わされる会話の内容も声も氷柱のように鋭利で冷たい。
――― 火中の栗を拾う方がラクだったりして。
滝川は自嘲しながらその冷気の真ん中に腕を伸ばし、冷淡に見下すナルを睨み上げる麻衣の両肩を掴むと、ぐっと上半身を自身に引き寄せながらその肩に顎をのせ、上目遣いにナルの顔を見上げた。
「言い訳タイムだ、御大」
ひくり、と不愉快そうに口角が釣りあがり、咄嗟に滝川を振り払おうとしたナルの手をかわし、滝川はにんまりと微笑んだ。 「今回ばかりはお前さんがじゅーぜろで悪い。ちゃんと弁明しろよ」 「ぼーさんに釈明する必要はないと思うが」 「そうでもないぜ、俺はすっげぇ心広いから見逃してやってるけど、本当だったら麻衣にナルなんて待ってないで真っ直ぐ俺のトコに来いってひっぱってくくらい、今回のことは酷いと思ってるし、これでお前がフラれたら幸いと後釜狙ってるからね」 俺への牽制も必要なんだよ。と、滝川は楽しそうに笑いながら言い添え、腕の中で戸惑う麻衣ににっこりと微笑んだ。 「ナルの次に好きなのは俺でいいんだろう?麻衣」 「なっっ・・・」 「・・・・・」 「寂しくてもリュウの誘惑に負けなかったのは、ナルへの愛情と俺が側にいたからだもんな」 途端に真っ青に顔を青褪めさせた麻衣に頬づりしながら、滝川は静電気でも発しそうな勢いでこちらを睨みつける漆黒の瞳を見据え、笑みを取り払った。 「麻衣がナルを振ったら、俺、直ぐに彼氏に立候補するし」 「・・・・ぼーさんが?」 「そう」 「それはまた・・・・自ら茨の道を選んでいるようにしか見えないのですが・・・」 「なしてさ、麻衣好きだもん。薔薇色の人生だ」 「仮定として、僕と比べられることになりますが?」 冷ややかな眼差しの奥にある業火を真っ直ぐに見据えながら、滝川は安原を髣髴とさせる、特上の微笑を浮かべ言い放った。
「俺はナル坊より数倍性格いいからな。比べられて困るのはナルであって俺じゃないだろう?」
今最も指摘されたくはないポイントだろうに、少しの動揺も見せず視線を微動だにさせないナルに、滝川は満足そうに首を傾げ、片目を瞑った。
「ナル、今必要なのは殺傷能力でも攻撃性でもない。敬虔な反省と謙虚な懺悔だ」 「・・・・」 「今回は黙って逃亡は負けの肯定と見做すから」 「・・・・」
ナルはそうでなければいけない。 そうでなければ、面白くない。
「あがけ、ナル坊」
硬質な美人が最も苦手とする強気の笑顔で、滝川は過去にない近距離でかの人を追い詰めた。
End Thank you very much . Since 2007/08/06 → Last up date 2007/09/05 written by ako (C)不機嫌な悪魔
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後悔シナイヨウニ