2人だけの秘密を共有した。
そう感じた晩から、一気に親密になった気がした。
麻衣などに至っては、自分達がこれでラブラブなカップルになれるような期待すらした。
が、現実はそう甘くはなくて、あの親密な雰囲気は嘘だったんじゃないかと疑いたくなるほどナルは相変わらずのナルで、日常生活では喧嘩ばかりだった。
それでも、それだけならまだよかったのかもしれない。
それだけなら、今回の暴露もここまでダメージが大きくない。
確かにナルは前言通り「嫌だ」と言えば先に進まなかった。
一言拒絶すれば、ぱったりと一切の行為を止めるのは今も変わらない。
例えそれがどんなに中途半端な状況だろうとも、その後の空気がどんなに気まずいものになっても、麻衣の一言でオールクリア、オールナッシングとなる。
麻衣にしたところで男性経験などない。未経験領域に足を踏み込めば、反射的に怖くなって嫌がってしまうので、それならそれで事態は以前と変わらず変化のしようもないことだった。
はずなのだが、そこから麻衣の心境に変化が生まれた。
自分の反射的な拒絶も全部、ナルはまるで自分が悪いことをしたように反応するのだ。
ギクリとするような僅かな身体の震えを感じる度に、自分の一言がナル自身を全て拒絶してしまっているようで、麻衣はなんとなく可哀想な気分にすらなった。
本音で言えば、麻衣はセクシュアルな関係にはならなくてもいいと思っていた。
気持ちが通っていればまるで必要性はないと、実におぼこい考えだった。
ただ、そんな自分以上に自分自身の変化にとまどい、憎悪とか絶望とか感じているナルが目の前にいると、そこまで強い拒絶反応ない自分がそれを全部否定するのは酷く残酷なことのような気がした。
うまく説明できないし、説明したところでナルに余計な負担をかけるだけでなんの解決にもならない。かといって誰に相談できる類の話でもない。
そうして麻衣は自分の葛藤を言語化する機会のないまま、袋小路にはまり、なんだかよく分からない罪悪感まで感じるようになった。
麻衣はうじうじと洗濯機のスイッチを力任せに押し続けた。
そう、なんだか悪いことをしているような気になるのだ。
だからできる限り口を噤んで、嫌だという単語を口にしないようにしてしまう。
キスはどんどん嫌らしくなり、ナルは他にもどんどん色んなことをするようになって・・・
「最後までしない」とか、予めそんなことまで言われてしまうと、もう何も拒絶なんてできるわけもなくなって、姫乃島の調査が始まる前には、麻衣はナルにイかされることを経験した。
セックスの最後がどんなものか、実は麻衣にはまだよく分かっていなかった。
なんとなくなイメージはあるが、それはそれこそ闇の中。抱き合って、何かもにゃもにゃする、そんなもやーとしたうすらぼんやりとしたイメージのものだった。
そんな状態の中で、この経験は実は大変ショックだった。
そりゃ確かにエッチはしてないよ!厳密な意味ではしてないし、ナルのヌードなんて下は見たことないよ!でもさ、でもさ、エッチよりエッチぃことしてるのはどうなの?カウントに入らないの?!
見えない。
そんな即物的(?)理由でナルは暗闇を嫌がる。
明かりの残る室内での悪戯などは想像するのも脳が拒絶する。キャパオーバーだ。
でも、実際は「嫌」とも言えずやってしまっている。
「ぐぅぅぅわぁあああああ!!」
グルグル回る洗濯機の音に紛らせながら、悲鳴とも断末魔とも言える叫び声を上げ、麻衣は洗濯機をバシバシ叩いた。
姫神は生娘に憑依する。
確かにバージン・・・なのかもしれない。でもそれほど清らかでもない。それなのに姫神様は大らかすぎるその基準で麻衣を選び、憑依なさってしまった。
それによって周囲にはまた多大なる誤解を生んだ気がする。いや、間違いなく誤解された。
誰に対してなのかわからないが、もう全面的にゴメンナサイをしたくなる。
ああ、でも、そもそもその辺には誰も触れないでもらいたい!
例えありがたい神様でも!!!
「手動で洗濯でもする気か?」
悶絶状態を見られたバツの悪さ以上に、そこにそんな声をかけてくる御仁の無神経さに、思いつく限りの罵詈雑言を心の内で吐き尽くしてから、麻衣は声のする背後に顔を向けた。
「洗濯は憧れの全自動様にしていただきます」
「それは良かった」
「・・・何?」
「お茶」
怒ったら負けだ。
麻衣はぎりっと歯がみしながら立ち上がった。
ナーバスな問題の上にこんな奇妙な関係を作ったのは何もナルばかりのせいではなく、それはそのまま自分の責任でもあるのだから。
すれ違う瞬間は、どちらともなく触れないように身体を避けた。
無意識の数pに、麻衣はそれでも思わず笑みをこぼした。
それでも、
この数pのベールの中で、2人だけなら恥ずかしいほど優しくなれる。
優しくして優しくして、そうしたら何か形あるもになるんじゃないか。
冬の間、春の間、麻衣は愚直にもそう思っていた。
「実際にしていないからいいのか?そんなわけはないだろう?頭をレイプされた時の方がダメージは大きいんだ。あれは性欲とかそういう問題じゃない。無理やり屈服させられる・・・・あれはありえないくらい汚らしい暴力だ」
想像するだけでは足りなかった。
それほど、ナルのトラウマは深く、深く、ナルを傷つけていた。
「それなのに、おかしいな。麻衣がそんな目にあったと知ったら、そんなことは頭からなくなった。殺すのをやめてやるだけで精一杯だった」
暴力は醜いと、言い切る彼の潔癖さを彼自身が裏切る。
「麻衣を抱くのは僕だけだ」
どんな条件をつけようとも、どんなルールがあろうとも
「支配して、征服して、もう閉じ込めておきたくてたまらない。力で何とかしようとする馬鹿者共と、差異がない」
それは欺瞞だと、ナル自身が信じていた。
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