#004  豪快な勘違い
 

 

協力者の助力を仰ぎ、訪れた調査現場は人里離れた別荘地だった。
怪奇現象の出現は明らかであったが、対象が広域におよび特定できないことから、当初から人海戦術を強いられることが分かっていたからだ。
そんな中、調査序盤にして主要な霊の存在が確認された。
その霊とコンタクトを取るため、麻衣とジーンは揃ってベースのすぐ側のジーンの部屋でトランス状態に入るべく準備をした。

 

「私がうまくトランスできなかったら、置いてっちゃっていいからね」

 

未だ能力が安定しない麻衣の自信のない提案に、傍らのジーンは余裕の笑みを浮かべた。

「大丈夫だよ。途中までできたら僕がひっぱりあげてあげるから」
「引っ張る?」
「そう、僕と麻衣は波長が近いからね。大丈夫。昔もそうして誘導してたんだよ?」
「そうだったんだ」
「うん。だから麻衣の夢だと僕が途中から出てきたでしょう?」
「うん。あの時はジーンと知らなかったから、ナルだって思ってたけど」
「ふふ、そうだったね」
「今から思えば豪快な勘違いだよねぇ、これだけ違うのにさ」
「麻衣は夢だって思い込んでたからね。多少の矛盾は疑問にも思わなかったんでしょう?」
「・・・・そうだけど・・・・ジーンバカにしてない?」
「してないよ」

信用できないと顔に書いてある麻衣に向かって、ジーンは更に笑みを深くした。

「僕だって、こんな形で誰かをコントロールしていくの初めてだったから、かなり戸惑ったもん」
「ありゃりゃ、その節は本当にお世話になりました。出来の悪い弟子ですみません」
「ううん、麻衣は素直にどんどん受け入れてくれるからやりがいあったよ」
「単純ってこと?」
「心がやわらかくて気持ちよかったってことだよ」

ぽかんとして、それから花が咲いたように微笑む麻衣を眺めながら、ジーンはナルの方を振り返って宣言した。

「じゃぁ、ナル。僕達ちょっと視てくるから」

ちょっとそこまで、と言い足しそうな気楽な声に、ナルは僅かに頷いた。
それを了解と取って、ジーンと麻衣は互いにリラックスできる体勢になると躊躇いなく瞼を閉じた。
僅かに聞こえる呼吸音が次第に弱く、長くなり、そして最初にジーンがその場に崩れるようにして倒れ込んだ。
まるで、夢見るようにごく自然に。

「こうして見ると、トランスなんて本当に簡単なことのようですわね」

その様子をドアの外から眺めていた真砂子が、ため息交じりの声をあげた。
 

 
 

" 優秀なミーディアム ”
 
 

 
ジーンに付けられたそのレッテルは、昔も今も変わらない事実だ。
しばらくして、麻衣も同じように体を崩した。
力の抜けた顔が、それからほどなくして笑顔に結ばれる。
ジーンに会ったのだろう。
トランスの序盤がつつがなく達成されたことを、ナルは無感動に見据え、それから締め切られたカーテン越しに差し込む陽光に視線を移した。
まだ少し寒いような、頼りない春先の陽の光のはまだ儚いように弱々しい。
けれどジーンと麻衣はもうそれで十分だと満足したかのように簡単に体を置いて、自分の与り知らぬどこかへ行った。
 
 

<< どこかへ行った >>

 
その単語に、ナルは突然ざわりと首筋を撫でる悪寒を感じた。
結界の張られたこの場所でそんなことが起きようはずもないのだが、実際に誰かに首を絞められているようなそんな感覚があった。
胸苦しいような不快感が胸をつき、暴力的な恐怖心が心臓を掴む。その感覚に、ナルは無意識のうちに首元に指を這わせた。
原因不明の胸騒ぎがナルの精神を乱そうとしていた。
ナルは眉間に深く皺を寄せ、荒れ狂うような恐怖心を胸に飼いながら、崖っぷちにつま先立ちしているような切迫感の元、冷静に自分の思考を推し計った。
 

落ち着け。

 
霊障を受けるような可能性は低い。
そうなれば、これはごく個人的な動揺と分類される。

 
落ち着け。

 
この単語でもっとも簡単に連想できるのは、かつてのジーンの失踪だろう。
終わったことと思っていたが、どこかに心理的影響が残っているのかもしれない。
下らない感傷ではあるが、ジーンは人格形成上見過ごせない人物なのだから、影響が残っていても特に不思議なケースではない。

 
不安に思うことこそが、もっとも愚かしい、と、極めて強固な意志でもって、ナルは喉元までせり上げる不快感をもみ消し、いつの間にか力の入っていた両手から、指一本一本を引き剥がすように力を抜いた。
そして誰にも気がつかれないように、僅かに視線だけをずらしてぐったりと寝込んでいるジーンの横顔を眺めた。
 
トランス状態に入ってからまだそれほど時間は経過していない。
けれど、既にジーンのトランス状態は深層レベルまで達していて、その表情には自我というものが見えないようになっていた

トランスに慣れたジーンは、そのレベルまで達すれば無意識のうちに底を蹴るようにして意識を浮上させる。
それは経験で培った処世術で、だからこそそのまま場に引きずられる危険性が少ない。けれどそうしていながらも、いかなジーンとて現実に戻ってきた際はまず第一に自分の置かれた状況を確かめる。きちんと、自分は自分の世界に戻ってこれたのか。それは何度繰り返しても不安な瞬間なのだそうだ。
そんな彼にとって、一番分かりいいのが自分の存在だ。
自分の世界には、常に双子の弟がいるのだから。
 
 
 
間もなく彼は << 帰って来る >>

 

だから、側にいかなくては。
我知らず、口元に苦笑と名付けづらいような微笑を浮かべて、ナルは背を預けていた壁から身を起こし、眠り込むジーンの元に歩み寄った。