#005
ジーン
まどろみから目覚める瞬間、ジーンはいつも苦しげに顔を顰める。
まるで、目を覚ましたくないように。
そうして目が醒めた瞬間、ジーンは光の世界で一番最初に双子の弟の姿を探す。
それはずっと昔からの習慣で、それを熟知しているナルはすぐ脇で兄の目覚めを待ち、起きる瞬間は必ず顔を覗き込む。
「ジーン」
「・・・・ナル」
疑問の余地もない確信を持って名を呼ぶくせに、ジーンは瓜二つの兄弟の顔を見上げると、それからすぐ目を大きく見開き、横で眠り込む麻衣の姿を探した。
その現金な態度にナルは僅かに気分を害しながらも、僅かに体をよけ、すぐ脇で未だ眠り込む少女をジーンに見せた。
「まだ戻ってきてない」
まるでこの世の終わりのように顔色を曇らせるジーンに、ナルはため息を漏らした。
「コイツは元々寝汚い」
ナルの説明にジーンは顔を顰めたが、ナルは構わず霊視の内容をジーンに尋ねた。
「この先10キロぐらいの所に新しい学校かな?そういう感じの建物が建てられているはずだよ。それを建てている最中にその辺り一体の鎮魂のために立てられた石碑を関係者がずらしてしまったんだ。大きな石でこう・・・こんな感じの石」
ジーンは説明しながら両手で不恰好な楕円形を空に描いた。
「古い時代に洪水があったみたいだ。その時たくさん人が死んで、その鎮魂のために建てられた慰霊碑だったんだろうけど・・・随分昔の時代のことだったから、云われもなくなってしまったのかもしれない。それを動かされて、その下で眠っていたものが起きてしまったみたいなんだ。集団で固まっていて、酷い興奮状態だったからこれ以上詳しくは聞き取れなかった。人としての意識も希薄だったな」
「何故そこの現象がここに出るんだ?」
「ああ、慰霊碑は高台に建てられたんだ」
「つまり?」
「彼らが住んでいて、洪水に巻き込まれた村があった場所は正しくここだったんだよ。どう感じているかは分からないけど、彼らにしたら死んだこともよく分かっていないのかもしれないな。で、自分は生きていると思って、居住空間に戻ったのか・・・ごめん、彼らの理屈まではわからなかった」
「そこまでわかれば十分だ」
ナルはそこで手にしたインカム越しにベースに待機していた安原と連絡を取った。
「安原さん?」
『 はい 』
「この近辺で新しく建設された学校施設のようなものがありますか?」
『 学校ではありませんが、市民文化施設として、図書館とか体育館のある建物でしたら、今ちょうど建設中ですよ。今年のGWでオープン予定です 』
「その建物を中心とした地域で歴史を辿って下さい。おそらく洪水による人的被害があったはずです」
『 わかりました 』
早速と言い残し、切れたインカムを手に、ナルはまだぼんやりとしているジーンを見下ろした。
視線に気がつき、ジーンはナルを見上げ、首を傾げた。
「ヤッスー?」
「そう」
「仕事早いなぁ。いいねぇ、ヤッスーがいると調査が楽チンだねぇ」
「・・・」
「情報収集って前はまどかの仕事だったじゃない。日本ではどうなることかと思ったけど、いい人材がいて良かったよね。彼、どことなくまどかに似てるし」
「喰えないところとか?」
シニカルに笑うナルにジーンは小さく微笑み返した。
そうして体を起こし大きく体を伸ばすと、傍らで眠り続ける麻衣の頬を指でつついた。
「麻〜衣」
「…んん」
「もうそろそろ起きて」
「・・・ん」
「麻衣、起きないと襲われちゃうよ?」
呼びかけに、麻衣は無意識で首をいやいやと振る。ジーンは苦笑しながら麻衣の頭を撫でたが、それでも反応は変わらない。
その様子にナルは不愉快になっていく自分自身に気がつき顔を顰めた。
何も嫌がることはない。
ジーンが女性に優しいのはいつものことで、それにイチイチ気を回していたことなどない。
それで女性が嫌がるならまだ理屈も通るが、相手は麻衣だ。
麻衣はジーンのことが好きだったと言っていた。
ならばジーンの優しさは無論迷惑にも不快にも思うことはないだろう。
けれど・・・
「ジーン」
ナルは悪くなる胸に耐えかねて、微笑をたたえたまま麻衣を見下ろしているジーンに声をかけ、その行動をやめさせた。
「何?」
そして次の瞬間、愉快そうに口の端を釣り上げるジーンを目にして、その浅はかな行動を後悔した。
それでなくとも意味不明の分析をして面白がるヤツだ。
動揺したと知れたら、それこそ話は三十倍に膨れ上がるだろう。
が、そこまで悟らせてやる必要はない、と、兄弟間ならではの対抗意識で話題を摩り替えた。
「麻衣とのコンタクトは無事取れたのか?」
「は?」
「今までとは状況が違うだろう」
ナルの問いかけに、ジーンはあからさまにつまらないと顔に書きつつも、問いかけに神妙に頷いた。
「そういえば、何も違和感なかったよ」
「何も?」
「うん、植物状態だった時と何も変化なかった」
何気なく口に出したただ事ではない単語に、ナルとジーンは互いに目を細め、右と左、それぞれに首を傾げた。
「あの交通事故でてっきり死んだもんだと思っていたから、ナルとラインが繋がらなくなって、全くの他人の麻衣と近くなったのも仕方がないと思っていたんだけどね」
「実際は植物状態になって意識を飛ばしていただけだったがな。けれど今とは状況が違うだろう」
「うん、僕も状態の変化で麻衣とラインが繋がるんだと思っていたんだけど・・・」
「意識が戻ってからは僕ともラインが繋がるようになったしな」
「でも、麻衣とは変わらずラインが近くて繋がりやすいんだ。あ、もちろんホットラインまではないけどさ」
「そうなると・・・トランス状態でのアンテナのズレは体の状態の影響というよりも、むしろ交通事故の衝撃で発生したと考える方が妥当・・・か」
「かもしれないね。衝撃としては大きかったわけだし」
「サイコメトリの画像は死者のものだったしな」
「あ、グリーンだったの?」
「ああ。だが、お前が生きていたとなると、これまでグリーンハレーションは死者の視界としていた仮定そのものが怪しくなる。これも疑ってかかった方がいい」
「そう言われればそうなるか・・・」
「まぁ生きているとはいえ、生命の危機的状況であったことが起因しているのかもしれないがな」
「でもそうなると、今ナルとホットラインが繋がることの方が不自然だよねぇ。覚醒には事故ほどの衝撃はなかったもん」
ジーンはそこで兄弟の物騒過ぎる会話に顔色をなくしつつ廊下から伺う滝川や綾子らに気が付き、困ったように微笑んだ。そうして「事実だからしょうがない」と、誰に向けてともいえない弁明をしつつ、ナルににっこりと笑いかけた。
「ま、そういう難しいことはナルに任せるよ。分析は君の唯一の娯楽でしょう?」
そうしてちょうど身じろぎしてもがく様に目を覚ましかけていた麻衣の元ににじり寄った。
ジーンにとって現実の指針がナルであるように、麻衣にとって、指針が自分であると自負しているかのようにも映るその態度は、いささか傲慢過ぎるような気がした。
けれど、ナルはそれを止めようとはしなかった。
「・・・ジーン?」
「そうだよ。麻衣、お帰り」
目覚めと同時に、鳶色の瞳は確かに幸福そうに弧を描いたのだから。