#006  見え透いた嘘をつくな
 

調査現場は人里離れた別荘地だった為、SPR一行には宿泊場所として大きなペンションまるまる1棟が提供された。
高い天井が迎える広いエントランスホールに、食事スペースと兼用のリビングルーム、それにシングルベッドと備え付けのクローゼットがついた小さな個室が10部屋もあった。
調査に際して、ナルは1階のリビングに隣接した
一番大きな部屋をベースとして設定し、残りの9部屋がある2階を調査員それぞれの個室とさせた。
2階の個室は流石に狭かったが、いつもの調査環境からすれば快適であることは違いなく、その環境には普段から寝床に口うるさい綾子も満足した様子で、麻衣やジーンとともにはしゃいでいた。
もともと心霊現象などなければ、快適な避暑地なのだ。

   

 

深夜1時。
監視役の交代で、ナルはベースから個室に向かって歩き、そして足音を忍ばせてベースに向かう麻衣と、ちょうど部屋から出てきたジーンと出くわした。

「あれ?麻衣?」
「あ、ジーン。ごめん、起しちゃった?」
「ううん、ちょっと眠れなくて起きてたとこ」
「私もなんだ。ナルはこれから寝るの?」

麻衣の問いかけに、ナルは無表情に頷いた。

「どうかしたのか?」
「寝付けないからベースにでもいようかと思って」

麻衣の物言いに、ナルは露骨に顔を顰めた。

「ベースにはリンがいる」
「うん」
「今晩はめぼしい反応も出ていない。いても邪魔になるだけだ」
「でも、眠れないんだもん。邪魔はしないよ」
「特にお前とジーンはトランスしたばかりなんだから寝ておけ」
「そうしたいのは山々なんだけどさぁ、何か気が立っちゃって寝れないんだよぉ」
「あ、僕もなんだよ」
「そうなの?」
「なんだか忙しいような気持ち?そんな感じでとても寝るどころじゃないんだ」

そこでジーンはにっこりと微笑んで麻衣の顔を覗き込んだ。

「でも、何も順番じゃないのに、監視まですることないよ。ねぇ、眠れないなら僕と一緒にナルの部屋に行かない?」

ナルは目をむいたが、ジーンは構わず、うろたえる麻衣の肩に手を回して、部屋の主より先に廊下を進んだ。

 

 

 

 

 

 

備え付けの椅子にナルが腰を下ろすと、シングルベッドに麻衣が座り込み、その手前の床にジーンが座り、それだけで狭い個室はいっぱいになった。

「何が悲しくて3人一緒なんだ」
「だって眠れないんだもん」
「何だか合宿みたいで楽しいね」
「でしょ?」

暢気に笑う二人に、ナルの機嫌は地を這った。

「明日居眠りするなよ」
「努力します!」
「わかんないよ〜」
「・・・・ジーン・・・・」
「「 でも、眠れないんだもん 」」

 

それぞれに不平を口にしつつ、ジーンと麻衣は次の瞬間図ったように同じことを言った。

――― こいつらのほうがよっぽど双子に近いんじゃないか?

声をあわせて笑う二人を眺め、ナルはため息をついて、部屋に持ち込んでいた本を開いた。
その様子に麻衣があわてて声を上げた。

「ナル、寝ないの?」
「この状況で寝れるか、バカモノ」
「あわわわぁ・・・そうだよね」
「大丈夫だよ、麻衣。最初からナルは寝るつもりないもん」
「え?」
「寝たとしても、3時から6時の3時間くらいじゃないかな」
「ええぇ!全然睡眠時間足りないじゃない!」
「うるさい。足りてる」
「うっそぉぉ」
「麻衣。事実そうなんだよ。変だよね。でも3時間も眠るとナルは十分なんだよ」
「ひぇぇ」
「だから、3時まではここで遊んでもOK。もちろんその前に眠くなったら部屋に帰ってね」
「・・・いつからここはお前の部屋になったんだ」
「いいじゃない」

強引なジーンをナルは睨んだ。しかしジーンはどこ吹く風と相手にしない。

「じゃぁ、ナル。君、ベースに戻る?」
「ここは僕の部屋だ。お前達こそそれぞれ部屋に戻って大人しく羊でも数えていろ」
「だって眠れないんだもん。ふん、わかった。それじゃぁ麻衣、僕の部屋に行こうか?」
「へ?ジーンの部屋?」
「そう」
「いや・・それは、二人っきりは、さすがにまずいでしょう・・・」

顔を赤くして首を振る麻衣に、ジーンは邪気のない顔をして首を傾げた。

「どうして?一人で退屈するよりいいでしょう?」
「や、だって・・・」
「僕は全然構わないよ。遠慮しないで」

にっこりと微笑む天使の微笑みに、麻衣は反射的に頷きかけたが、すぐにぶんぶんと首を振った。

「私が構う!」
「僕が麻衣を襲うとでも?ショックだな。そんなことしないよ」
「そうじゃなくてぇ」

既に泣き出しそうな麻衣を見かねて、ナルはジーンを軽く蹴った。

「ジーン、苛めるのはそのくらいにしておけ」
「えぇ苛めてなんかないよ」
「見え透いた嘘をつくな」

不愉快そうなナルに、ジーンは愉快そうに笑顔を向け、それからベッドの隅で小さくなっている麻衣に手を伸ばして、栗色の髪をなぜた。

「困らせてごめんね」

その仕草と言葉に、麻衣は素直に頷き、零れそうになっていた涙をひっこめた。
それを視界の隅で確認して、ナルは、集中などできそうにもないとわかっていながらも、手元の本に視線を落とした。

 

 

気が付けば、煩い声がやんでいた。
そのことにナルが気が付いたのは随分経ってからのことだったのだろう。
視線を上げると、ベッドでは麻衣が小さく丸まって、ナルの足元の床ではジーンが座り込んで、それぞれに規則正しい寝息を立てていた。

――― 眠れないとか言っていたのはどこのどいつだ。

ナルは脱力状態で空をあおいだ。
就寝場所のベッドの上には栗色の髪が散っている。
ナルはジーンをまたぎ、ベッドに手をついて、麻衣に声をかけた。

「麻衣、起きろ」
「ん・・・・」
「麻衣」

小さく、鋭く、声をかけるが、ベッドで丸くなって安眠体制の麻衣は中々目を覚まさない。

「麻衣!」

呼びかけに、無意識で首をいやいやと振る。
ナルはイライラして麻衣の頭を叩いたが、それでも反応は変わらない。

――二人きりは嫌だと言うわりに、男の前で寝るのはいいのか?

ナルはため息をつきながら、双子の兄がそうしたように、麻衣の髪を軽くなぜた。

「んぇ・・・・ナル」
「起きたか?」
「ねて・・・ます」
 
完全に寝ぼけている麻衣に、ナルは心底脱力しつつ、髪をすく手をそのまま顎に移動させ、麻衣の顔を上向かせた。

「襲われても知らないぞ」

薄い瞼が瞳を覆い、印象的な栗色の瞳は今、見えない。

 

「前置きはしたぞ」

 

そうして、ナルは小さく麻衣の口を奪ってみた。
しかしそれでも麻衣は起きなくて、緩みきった顔を眺めつつ、ナルはふと我に返った。

 

 

 

――――― 今、僕は何をした?

 

 

 

ピシリと、ナルは固まり、そしてそのまま一分はその中途半端な体制のまま硬直した。
まるで突然他人に触られたかのようだが、今回触れたのは自分から。
その事実にナルはますます混乱した。意味が分からない。何がしたかったのか、理解できない。
ナルは混乱したまま、とりあえず後ずさり、床で眠りこけているジーンを苦し紛れに蹴った。

「イタッッ」
「起きろ」
「ええぇ、何?もう朝?」
「夜だ」

瞼をこするジーンを無理やり引っ張り上げ、ナルはそのままジーンを引きずって廊下に出た。

「え?何?何?」
「麻衣が僕のベッドを占領した。僕はジーンのベッドで寝る。お前も来い」
「え―――何で?じゃ、僕が麻衣の部屋で寝る」
「駄目だ。お前は自分の部屋の床ででも寝てろ。それで十分だ」
「意味わかんないよナル!何?何で怒ってんの?」 

ズルズルと引っ張られ不平を言うジーンを、ナルはぎろりと睨み、一喝した。

 

「元はといえばお前が諸悪の根源だ。バカ、ジーン」

 

無実の罪を着せられた双子の兄は、意味がわからないまま、弟の迫力に負けて自分の部屋の床に毛布を敷いて眠るハメに陥った。