#009  節操なし
 

 

 

毛足の短いグレーとダークグリーンの市松模様の絨毯の上で、2人は折り重なるように横たわっていた。

 

 

 

もっと正確に表現すれば、麻衣がジーンに押し倒されていた。

 

 

 

雨雲越しに届く、細い白い光の下。 

グレートグリーンの絨毯に、長くない栗色の髪が床に散っていた。

  

 

 

  

 

 

 

突然の侵入者の登場に、2人はそのままの体勢で動きを止めた。

無様といえばこれ以上はないだろう。
その気まずさから、そのまま凍結しそうな空気を辛うじて引き動かせたのは、驚きより強く胸を押した不快感。

 

 

「何をやっている」

 

 

沈黙を切り落とした声は、自身でも驚くほど低かった。

 
「見てわかんない?」

 

しかして、それに対する声は、纏う空気がゆらりと流れ落ちる支配的な笑みだった。

笑みの主はその声のスピードに比例するようにゆっくりと立ち上がり、あっさりとナルを無視して、耳まで真っ赤に染め、頑なに顔を上げようとしない麻衣に手を差し伸ばし、一緒に立ち上がらせた。 

「野暮なことしないでよ」 

「調査中だ」

「もう終わったも同然じゃない」

「まだ撤収していない」

「カタいなぁ。君ってこんなにカタブツだったっけ?」

「プライベートは余暇にするんだな」

「どうしたの?僕の人間関係なんて興味なかったくせに」

「お前がここまで節操なしとも知らなかったな」

「そうお?興味がなかったの間違いじゃない?」

 

挑戦的な口調のジーンに、ナルはあきれたようにため息をついた。
 

「今でも興味などない」

「じゃぁ少しは気を利かせてほっておいて欲しかったなぁ」

「言ったろ、今はまだ調査中で、この調査の責任者は僕だ。それにお前だけでなく、麻衣にした所で、僕の部下だからな」
 

顔を伏せたままびくりと肩を揺らす麻衣を見下ろし、ジーンは口をへの字に曲げた。

 
「意地悪だなぁ」

「そういう問題ではない」

「はいはい。わかったよ、所長」

「・・・・」

「でも、今回のは僕が悪い。麻衣は悪くない。部下を叱るのはやめて欲しいな」

「ほぉ」

「本当だよ、ナル」

「じゃぁ、さっさとソレを開放したらどうだ」
 

ナルの指摘に、ジーンは繋いだままの手をあっさりと離し、まだ顔をあげようとしない麻衣の顔を覗き込んだ。 

 

「大丈夫、麻衣?びっくりさせちゃったね、ごめんね」

 

かける言葉は普段通りに温和で、呆れるくらいに柔和で、ナルがイラつく中、麻衣はただ首を横に振るばかりだった。
 

 

「さっさと仕事に戻れ。すぐにぼーさん達が機材を持ってくる」

 
 
ナルはそれだけ言うと、踵を返して部屋を出た。

それに倣うようにジーンと麻衣も後に続いた。そして廊下に出るとジーンは思い出したようにナルに声をかけた。

 

「あ、そう言えばナル!君具合大丈夫なの?」

 

背後からかけられた言葉に、ナルは舌打ちしながら振り返った。
 

「単なる貧血だ」

「まぁ、波長は乱れていなかったからそうなんだろうけど、無理しちゃダメだよ」

「そう思うなら余計なことをしてくれるな」

「余計なことねぇ・・・・」
 

ジーンはどこか他所事を考えるように首を傾げて呟いた。

 

「余計なこととは思っていないけど?」

 

付き合いきれないとため息をつくナルに、ジーンは薄く微笑みかけ、それから後をついてきていた麻衣に視線を這わせた。

 

 

 

 

「麻衣」

 

 

  

ようやく顔を上げた麻衣の困惑した表情を見て、ジーンは最上級の笑顔を浮かべた。 

 

「さっきのこと、僕は本気だから、麻衣は麻衣でよく考えてみてね」 

 

赤かった顔をさらに朱に染めた麻衣を見咎め、ナルは背後から視線を外した。

 

――― 気になる?

 

ノックもなく、無遠慮に侵入してきた意識に、ナルは眉をひそめた。

 

――― 見苦しい。

――― そう? でもさぁ、絶好のチャンスだったんだもん。見逃してよ。

――― 他所でやれ。

 

不機嫌になっていく片割れの意識に、もう一方はしばしの間を置いて、ふくみある笑みをもらした。

 

――― ねぇ

――― 何だ

――― " ヨソ "ってさ、場所のこと? それとも" ヨソの女 "ってこと?

 

底意地の悪い片割れの意識に、もう一方はあきれ返って絶句し、それから完全に意識をシャットダウンした。

共有意識から強制的に弾き出され、片割れは声に出さずに驚いた様子だったが、さすがにそれ以上の追求はせず、黙りこくって廊下を歩いた。