#012  本当にいい性格してるよね
 

 

――― 泣く意味がわからない。

 

それは自分が無粋だからか、それとも世間一般的にわからないものなのだろうか。

ナルは体の外に置き去りした賢そうな自分に問いかけ、そうしつつも、相手の答えを待たずに麻衣に尋ねた。

 

「麻衣はジーンと付き合ってるのだろう?」

「だ、ねぇ」

「麻衣はジーンが好きだった。良かったな」

「うん。もう夢みたいな話だよね」

「だろうな」

 

涙目を隠すことなく微笑んだ麻衣は、ナルを見て首を傾げた。

 

「何だ?」

「何か意外。ナルがジーンのことそんな風に言うなんて」

「?」

「だろうなって、完璧に褒め言葉じゃない」

 

麻衣の指摘に、ナルはシニカルに笑った。 

 

「僕達の顔は世間一般的には美形と呼ばれているらしいからな」

 

見慣れたナルの物言いに安心したのか、麻衣はその場でぺたりと床に座り込み、ピンクに染まった頬を緩ませた。

 

「ナルらしい言い草だね」

「それはどうも」

「うふふ」

「・・・何なんだ一体?」

「や、あのさ・・・こうして話するの、何か久しぶりだなぁって思って」

「話ならいつもしているだろう」

「そうだけど、こうやって憎まれ口叩きながら2人だけでいるのって、もう随分なかった気がするんだよねぇ・・・いつ以来だろう?」

 

また脈絡のないことを、と、ナルが嘆息した隙に、麻衣はつらつらと過去の調査を上げ連ねた。

 

「ケイの学校の調査の時は、マンホールの中で一緒だったね」

「麻衣が暴走して落ちて、巻き添え食わされた」

「う・・・・あ、ほら、あと、保健室の天井落ちてきた時も2人だったか!」

「麻衣が後少しはやく這い出してくれれば、あれだけの被害はなかったんだが・・・」

「・・・・」

「・・・・」

「あんたは私と2人が嫌なんかい」

「生憎いい記憶がないもので」

 

じとりと睨む麻衣に嫌味を返すと、麻衣は口をあひる口に曲げた。

 

「廃校調査の時でも一瞬だけ2人だったよね。でも、ほら、あの時は攻撃されている最中だったから、珍しく喧嘩もなかったし、麻衣ちんお役立ちだったよ!ほぉぉらご覧!いい思い出もちゃんとあるじゃんか!」

「・・・」

「あれが最後かなぁ・・・だとすると、随分前だよねぇ、一年くらい前のことじゃない?」

「違うだろう」

 

どうでもいいと思いながらも、勘違いされたままでは気分が悪いと、ナルはようやく口を開いた。

 

「う?」

「その後、湖の林で一緒だった」

「湖?」

「そう」

 

そこで、聞いたのだ。

 

――― 僕が、ジーンが? 

  

そして、麻衣が答えたのだ。

 

――― だって、知らなかったんだもん。

 

湖?

 

ナルはそこで身体の外に追いやっていた、自分の脳を慌てて引き寄せた。

 

湖側の林。

月夜の晩。

そこで、麻衣は月を食べるのかというほど大口を開けて空を仰いで泣いていた。

 

違和感がナルの心臓を掴んだ。

 

「そうかぁ、あの時以来かぁ」

 

が、

一方の麻衣は何ものにも頓着せず、懐かしげに目を細め、それから思い出したように頬を染めた。

 

「あの時は、何か、ナルにぼろくそ言ってたよね。ごめんね?あれから避けてた?」

 

ひらりと、見事なまでに時を食べた麻衣を、ナルは半ば呆然としながら見遣った。

栗色の髪、鳶色の瞳、闇を抱えてなお、疑うことを知らない声。

それは何も知らずに、何者も恐れずに、ずかずかと人の側にやってくる。

 

「別に」

「え〜、本当に?」

「麻衣のことばかり意識できるほど暇じゃない」

「あ〜あ〜そうですか。そうですよね!天才博士様は考えることがいぃぃぃっぱいあるもんね!」

「そうだな」

「うわっ嫌味くさ!」

  

シリアスな場すら乱すそれを、ナルはいつもいつも不快に思っていた。

その馬鹿さ加減と、能天気な明るさ。

けれどそれは強過ぎる太陽のようで、煩わしいが意識せずにはいられない。

お陰で、いつしかその気配を追うことが癖になっていた。

  

「ああ、でもそれからはいつもナルはジーンと一緒だったしね」

「は?」

「ジーン」

「今はお前がジーンと一緒にいるだろう」

「ああ、そういやそうだねぇ。お兄ちゃん取られて寂しい?」

「清々している」

「・・・・・本当にいい性格してるよね、あんたって」

 

そしていつも救われていた。

 

「麻衣」

 

手招きすると、麻衣は小首を傾げながらも素直にソファに近寄ってきた。

鳶色の瞳が自分を写す様を見上げ、ナルは大儀そうに体を起した。

「ナル?」

 

 

 

 

そして、麻衣の唇にキスをした。

 

 

 

 

 

 

 

随分。

長い時間そうしていた。

  

 

 

 

 

 

 

顔を離すと、触れるほどに近い正面で、麻衣は呆然とした顔をしていた。

「まぬけヅラ」

頬をつねると、ようやく麻衣も我に返り、泣き出しそうな顔を真っ赤にして怒鳴った。

「な、何するのよ!」
「さぁ?」
「さぁって、それで何でキ・・・キ・・・・キスしてくるのよ?」
「したかったから」
「はぁぁぁ?」
「お前はさっき何故泣いたんだ?」
「それは・・・・って、関係ないじゃない」
「何故泣いた?」
「・・・・・わ、わかんないよ!」
「ほぅ」
「もう、本当だもん!泣くつもりなんてなかったんだもん!!」
「僕もだ」
「は?」
「こんなことをするつもりはなかったのだがな・・・・」

しれとのたまうナルに、麻衣は怒鳴り声を上げた。

「信じられない!信じられない!信じられない!」
「麻衣、うるさい・・・・繰り返し言わなくてもわかる」
「あのねぇ!私はジーンと付き合ってんだよ?それ今さっき確認したばっかりでしょう!」
「・・・・そうだな」
「あんただって、良かったなって言ったじゃん」
「良かったのは事実だろう」
「そう思うんなら!何でそこで双子の弟のあんたが私にキスするんだよ!意味わかんない!」
「だから言っただろう。僕にだってわからない」
「・・・・!」
「ただしたかっただけだ」

居たたまれない、後悔しているかのような沈黙を眺め、ナルはぼんやりと空を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

眠かった。

  

 

 

 

 

 

 

 

「どういうつもりよ?」

 

 

咎める麻衣の声も、夢の中の出来事のように遠い。

 

 

「どうするつもりよ?」
「ああ・・・先に帰ってろ」
「そうじゃなくて!」
「黙っていればいい」
「は?」
「麻衣はジーンと付き合っていたいんだろ?」
「・・・・っ」
「事故にあったとでも思って、黙っていればいい」

 

 

ナルはそれだけ言うと、瞼を閉じた。