#016
身の破滅
硬直して言葉も出ない麻衣を他所に、ジーンは落ち着いた足取りでソファに近付き、麻衣を組敷いたままの体勢を動かそうとしないナルの顔を覗き込んだ。
「やぁ、ナル。ようやく自覚したってところかな?」
「お陰様で」
「野暮なことは言いっこなしだよ?先に無粋なことをしたのは君だからね」
「あれは調査中。今はプライベート」
「ふふ・・・こんな状況でもナルは変わらないねぇ」
ジーンはゆったりと笑いながら、ナルと麻衣が折り重なって横になったソファのすぐ脇に座り込み、僅かに顎を上げた。
「で、ナルはどうするつもり?このまま麻衣を押し倒しても、また僕と同じようなことになるよ?」
「ジ・・・・ジーン!」
「さてな、どういう意味だ?」
「ナル?!」
「性格破綻者の君が麻衣と首尾よく付き合ったって、麻衣はすぐに耐えられなくなる。君は集中するとすぐ他人のことを忘れるからね。それに」
ジーンはソファに肘をつき、麻衣の頬に人差し指を軽く当てた。
「麻衣は最初に僕と付き合ったからね。いつもどこかで僕と比較するよ。そんなのにナル、耐えられるの?よしんばナルが平気でも、麻衣が耐えられないでしょう?」
「ジーン違うの!これは・・・」
「麻衣、隠さなくてもいいんだよ」
「ジーン?」
戸惑う麻衣に、ジーンは嘘臭いほどに優しく微笑んだ。
「君は多分一番に僕のことが好きになった。それに嘘はない。でも、ずっとナルのことがひっかかっていた。表層で好きなのは僕だけど、心の一番やわらかい部分を残してあるのは、それはナルのためだよね?誤魔化さなくてもいいよ。一緒にトランス状態で会話する仲じゃないか。裸の魂の前では嘘はつけないものでしょう?うん、確かにね。最初は随分残酷なことをしているなぁと思ったよ。僕らみたいなそっくりな双子を前にして、麻衣はそれぞれを好きになったんだもん」
見る見る青ざめていく麻衣から手を離さずに、ナルはジーンを一蹴した。
「残酷なことをしているのは、お前の方だろう?」
その反撃に、ジーンはくつくつと愉快そうに笑い声を上げた。
「僕が?」
「お前にとって麻衣はシンシアと同じ、等しく愛情を注ぐ対象だと言っていたな。けれど、お前は麻衣は少し違うとも言った。麻衣は僕が好きだから特別だとな。お前の価値判断基準、それ自体がたいがいにして極悪だと思うが?」
手の内を明かされたジーンは煩わしそうにナルを睨んだが、すぐに麻衣に視線を落とし、ごめんねっと小首を傾げた。
「だって、究極的に選べと言われたら、僕はナルを選ぶもの。ナルだって、麻衣か僕かと言われたら、僕を選ぶでしょう?」
自信過剰のジーンの笑みに、ナルは冷笑した。
「さてな」
「あ、ひどいなぁ。お兄ちゃんより女の子の方がいいって言うの?」
「分からないと言っているだけだ。仮定が極端過ぎる」
「どちらも選べないってこと?」
「さて・・・・ジーンと麻衣はよく似ているからな」
ナルの返事に顔を曇らせていたジーンではあったが、またナルの最後の言葉に機嫌を直し、微笑んだ。
「ねぇ、2人とも」
ジーンは触れるほど近くに顔を寄せ、低いテノールで羽のように柔らかく囁いた。
「このままいったら、3人とも身の破滅だと思わない?」
ジーンの言葉にナルはようやく興味を示し、麻衣を戒めていた両手を離してソファの上に上半身を起こした。
ようやく体が自由になり、麻衣は慌てて起き上がりナルとジーンの視界から逃れるようにソファの隅で身を小さくして背を向けた。
ジーンは麻衣が逃げ出そうとしないことだけを確認すると、そのまま床に長い足を投げ出し、ナルの膝をつついた。
「もったいない話だと思わない?3人が3人ともお互いを大切に思っているっていうのにさ、こうやってつまらないことで諍いあうなんて不毛だよ」
「解決策でもあるのか?」
ナルの問いかけに、ジーンは待ってましたと言わんばかりに、チシャ猫のように口の端を吊り上げた。
「悩んでいるんだよねって言ってたじゃない」
「・・・・ああ」
「でも、思いついた。思いついてみればすごく簡単なことだったよ」
恐る恐るといった体で振り向いた麻衣を、ジーンは勢いよく引き寄せ、今度は自分の腕の中に麻衣を抱えた。
「ぎゃぁぁぁ!」
「もう、麻衣ったらもうちょっとかわいい悲鳴を上げてよ」
「ジーン!ジーン!ジーン!!!!」
真っ赤になってもがく麻衣を背中越しに抱え、ジーンはその首筋に口を近づけ囁いた。
「カップルになろうとするから無理が出るんだよ。3人で仲良くすればいい」
「は・・・・・・いぃぃ?」
麻衣が素っ頓狂な声を上げ、さすがのナルも驚きで瞠目した。
2人の表情を見比べ、ジーンは満足そうに笑い、麻衣を抱き上げ、そのままソファに倒れこんだ。
いかに大きいとは言え、大人3人が倒れこむには狭い。
ぎゅっと身を寄せ合った体勢で硬直するナルと麻衣に、ジーンは楽しくてたまらないと言った表情で笑いかけた。
「僕はナルと麻衣が好き」
そして不自然な体勢でソファに押し込められた麻衣の額にキスをし、
「麻衣は僕とナルが好き」
次いで、身体を斜めに退避させていたナルの襟元をひっぱり、ナルの頬にキスをして、
「ナルは僕と麻衣が好き」
最後ににっこりと、麻衣のように満面の笑みを浮かべた。
「だったら3人一緒だといいじゃない。誰も誰かを失わないですむ」
「3人?」
「そう、麻衣とナルと僕と3人一緒になればいいんだよ。画期的な解決策でしょう?」
「ジーン!本気なの?」
「本気だよ?」
「ジーン、よせ」
「何言ってるの?」
「ナル、僕らを全部麻衣にあげようよ」
無防備が過ぎる提案に、麻衣の抵抗が一瞬止んだ。
その瞬間を見逃さず、ジーンはこれ以上にないというほどか細い声で囁いた。
「だから麻衣、僕らを受け入れてはくれないかな?」
それはまるで、神に祈る敬虔な子羊のような、何よりも尊い声のように響いた。